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大イワナの谷

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和歌山で生まれ育ったので、イワナのことは長い間よく分からないでいた。

よく物語やエッセイ等ではイワナのその独特の風貌であったり、剽軽な性質のことが語られていて、とても面白い魚なのだということは知っていた。だけど、和歌山にいるアマゴと比べて、特別面白い存在だということについては全く実感出来ないでいた。

その奇妙な性格や行動は書かれている文書や漫画の上だけのことであって、本物はそうじゃないという気持ちを長らく持っていた。

フライフィッシングを始めたのは関東に出てきた15年ほど前からだが、それでも私とイワナの距離はすぐには埋まらなかった。

釣りに行くのはヤマメ釣り場が多く、イワナを釣るにはもっと山奥まで行く必要があったため、なかなかその姿を見ることが出来なかった。関東周辺で釣りをしながらもイワナは未だ幻の魚だったのである。


最初にイワナが定期的に釣れ始めたのは新潟だった。新潟の細い沢を釣り上がっていくと、ヤマメからイワナに対象魚が変わることが多い。ただ、そこで釣ったイワナが特別奇妙な魚だという認識はなかった。はっきり言ってしまうとヤマメとイワナは私の中では、ほとんど同じような魚だった。

そのイメージが変わったのは福島で釣りを始めた頃だった。

薄暗い渓流を釣り上がり、私が流れの中で立ち止まってカロリーメイトを食べていた時だった。口元からこぼれたカロリーメイトの欠片にイワナが寄ってきて、それを食べた。

私の足のすぐ近くだったのに、イワナは特に恐れるでもなく、無邪気にカロリーメイトの欠片を食べていた。

さっきまで私がそのポイントで同族を釣っていたにも関わらず、その小さなイワナは躊躇することなく、食事を貪っていた。

変わった魚だと思った。


その後も時折、イワナのそういった姿を釣り場で見かけることがあった。

変に神経質でなかなか釣れないこともあれば、突然ドラッグがかかりまくったフライに喰ってきたりもする。気まぐれな魚だった。

ヤマメのような鋭い容貌というより、人懐っこい丸っとした顔をしていた。いつからかイワナを釣ることが楽しくなってきた。

ヤマメ釣りとは違い、イワナの釣りは『かくれんぼ』のようだった。いや『達磨さんが転んだ』に一番近いのかもしれない。

イワナに気付かれないように近付き、フライをポトンッと水面に落とすと、うっかりイワナが食い付いてしまうという遊戯だった。

呑気さと神経質さが同居するイワナの挙動が、とても愛嬌に溢れているように感じた。

今だに、ヤマメと比べてイワナが圧倒的に好きだ、という訳ではないのだが、イワナは私の中で特別な釣りの対象魚の一つになっている。

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今回行ったのはイーハトーブの山の中で、何度も通っている川だったのだが、初めて40センチほどの大イワナを見かけた。

そいつは産卵のために浅い砂礫の川底に定位していた。近くにはペアになるオスかメスか分からないが、もう一尾中型のイワナが居て、今まさに産卵をしようとしているようだった。

私が来たので驚いて一度は逃げたが、それでも少し上の深場に留まって、私が2メートルまで近付いても動こうとしなかった。

産卵するという本能が強いのだろう。私は手を伸ばせば届きそうなほど近寄ったが、それ以上その大イワナの邪魔をすることはしなかった。否、出来なかった。

その大イワナが繁殖しようとしているのを邪魔するのはひどく間違っているように感じられた。

それとも日頃見られないほど大きなサイズだったので、少し畏れを抱いていたのかもしれない。

いつもは無闇に魚を釣ろうとするくせに、今回だけは足早にその場を立ち去った。


9月末の禁漁まであと数日しかなかったが、イーハトーブの谷では産卵行動が本格化していた。

202509



by rororon3rd | 2026-02-09 20:24 | トラウト釣行(東北地方) | Comments(0)


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